一番「これ、いいなぁ」と思ったのは、 友達同士で遊ぶ時に「あいつ、呼ぼうぜ」と言われる存在、 というやつなんです
俺はこれ自慢することにしてるんだけど、 「糸井はもうダメ」って 3、4回言われて生きてるんです
人がなに言おうが、 「俺はすごい」って言えるものは、 ナイショでもってるわけですよ
それが どうした。 中流の中だの、 中流の下だの、 そんなこた どうでもいい。 立ってるのが、いい。 輝いてるのがいい。 汚くないのがいい。 しなびてないのがいい。 他人の評判がどうだの、 腹の減り具合がどうだの、 気にしていたら きりがない。 どうだ。 どうだ。 さあ、みんなの正月だ。
そういうふうにできている
赤ん坊、笑え、 助平な動物たち、腰を振れ。 大食漢たち、メシを食え
世界の七不思議ばかりじゃない。 シンセサイザーだって、小説だって。 今日のお天気も、おいしい料理の味つけも、 編みこみのセーターも、いい音楽も、 人間のカラダも、美しいティーカップも。 みんなみんな、心ときめかせるものは 不思議でいっぱいだ
向きだの不向きだの、考えてる場合じゃない。 はじめるこった。 恥をかいたり、無視されたりするためにも、 まずは、はじめるこった
いろんなことをして遊ぼうと思うときに、 「あいつは呼びたい」と思うやつは、いつもいる。 そういうやつの価値には、名前がつかない。 そういうやつのいいところには、順位なんかつけられない
順番のつくような、どんな価値を持っていても、 その順番は、もっとすごいやつに追い抜かれるし、 その価値は、年齢や動機の喪失やなんかとともに、 だんだん減っていってしまうだろうけれど、 「いまここに、あいつがいたらなぁ」って 思われることの価値は、永遠なんだよ
コーヒー・タイム。 30分ばかり、正義もお休み。
俺を見ろ。俺を聞け。俺を追え。
あらゆるお父さんは、昔、ワルだった
なんでも、そうだけど、 モノゴトは平らになっていくのが自然なのよ
自分の幸せとは何かっていうようなことは、 言葉で言えないかもしれないけれども、 それを持っていないと、 ほんとうに命がけの仲間を作れないんですね
ムダな時間を味わうためには、 方法なんかないんだよね。 ただ、利口でない日々を送るのが勉強なのさ
太郎さんは、明るいかんじがしますけど、 明るくしたんですね、自分で。 発電したんだよね
「食う」ことへの執着。 「食える」ということが、全力を尽くさないと できないことであるという気持ち。 そういうものが、あるかないか、 これこそが問題なのだ
僕はね、岡本太郎のいちばんのアートは、 敏子さんに好かれることだったんじゃないかって 思うんです
少しずつ手がかりをつかんでいって、 わけのわからないところへ行きたい
なにかが大きく変わるときというのは、 うれしくないことをも含めて進むものだ
ほしいものが、ほしいわ
私はシェークスピアのような本は書けない。 だが、私の本は書ける
王女よ、私はあなたを愛して敢えてうちあけた、 夢からさめて、我にかえったときも、 神は、現身の私から、すべてを奪い尽くしはしなかった。 私は帝国を失っただけだ
われわれは目にみえない存在の 手のうちにあることを感じる。 これがすべてであって、 それ以上われわれは 一歩もすすむことができない
何はともあれ、我々は 我々の畑を耕さなければなりません
あいつは“菅原文太の息子”と言われ続けて、 小さい頃からずっと自分を探していたんです
若い頃は誰もが、自分探しをするでしょ。 オレもあがいたけど、 『本当の自分なんて、ない』 が結論。 今に全力を注ぐしかない
叱ってくれる人がいなくなったら、探してでも見つけなさい
臆せず悲しめ
追い詰められるのは、苦痛だけど大好き
私は、もうこの詩から離れられません
私は今、我が家の庭で、 自分を取り巻くすべての生き物を見守りながら、 悦びに満ちた午後を過ごしています。 老いが深まるにつれ、 すべてのものが私から去っていくことを感じ、 だからすべてのものを、 今まで以上に情熱を込めて愛しています
神様が人間をおつくりになったのは、 物語を愛しておられるからです
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