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NO,301 ゲーテ
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われわれが内に向かって
われわれのなすべきことをしたら、
外に向かってなすべきことは
おのずとなされるでしょう
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J・H・マイヤーへ
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ああぼくの知ることは、
だれでも知り得るのだ。
――ぼくの心はぼくだけが持っている
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『若きヴェルテルの悩み』
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そうだ、全くぼくは一個の旅人、
地上の巡礼に過ぎない
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『若きヴェルテルの悩み』
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人間は地上で楽しむためには
僅かの土くれがあればいいのだ。
地下で休むためには
更に僅かの土くれがあればいいのだ
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『若きヴェルテルの悩み』
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ただちに内部に向かえ、
そのなかに中心が見つかる。
どんな貴人もそれを疑いはしない。
きっとそこに規則が見つかるだろう
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『遺言』
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ほどよく充実と浄福を楽しめ、
生が生を楽しむところには、
常に理性をあらしめよ。
そうすれば、
過去は常住にあり、
未来はあらかじめ生き、
瞬間は永遠となる
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『遺言』
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今日も今日とて、
罪もない避難民の気の毒な様を見に、
みな遊山みたいに出かけるのです。
同じ運命が、すぐとは言わないまでも、
いずれは自分の身の上を見舞うことを
考える者とてありません。
こうした浮わついた気持ちは勘弁なりませぬが、
やはり人間の持ち前ですなあ
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『へルマンとドロテーア』
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地上のあらゆる所有の中で、
自分のハートが最も貴重なものである
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『フランクフルト学者報知』
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わたし(メフィスト)は、
人間の苦しむのを見ているだけです。
人間というこの世界の小さい神さまは
今も同じ型にできていて、
天地の最初の日と同じように気まぐれです
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『ファウスト』
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二つの魂が、
ああ、わたしの胸には宿っている。
それが互いに離れたがっている。
一つはたくましい愛欲にかられ、
からみつく器官で現世に執着する。
も一つの方は無理やり塵の世を離れて
高い先祖の霊界に登る
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『ファウスト』
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かの一は、永遠に一であろう。
多に分かれても、一。
永遠に唯一のもの。
一の中に多を見いだせ。
多を一のように感ぜよ。
そうすれば、芸術の初めと終わりが得られる
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『パキスの予言』
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才能は静けさの中で作られ、
性格は世の激流の中で作られる
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『タッソー』
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人の霊は
水にも似たるかな。
空より来たり、
空へ昇る。
再びくだっては
大地にもどり、
永久に変わりてやまず
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『水上の精の歌』
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あらゆる状態で、
第三者が間にはいってくることほど
重大なことはありません
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『親和力』
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人間は、その及ぼし得る一切の影響を、
その人格によって人間に及ぼすものである
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『詩と真実』
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愛によってのみ、人は自然に近づく
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『自然に関する断片』
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支配したり服従したりしないで、
それでいて何者かであり得る人だけが、
ほんとに幸福であり、偉大なのだ
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『ゲッツ』
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結局われわれはどう立ちまわって見ても、
みな集合体なのだ
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『ゲーテとの対話』 エッカーマン著
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瞬間とどまることはあっても
それは外見だけである。
永遠なものは
一切のもののうちに活動し続ける
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『神と世界』
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無限の中に歩み入ろうと欲するか、
有限なものの中をあらゆる方面に行け
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『神と心情と世界』
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誤りは真理に対して、
睡眠が覚醒に対するような関係にある。
人が誤りから覚めてよみがえったように
再び真理に向かうのを私は見たことがある
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『格言と反省』
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大小を問わず、性格とは、
人間が自分のできると感じたことを
首尾一貫させることである
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『格言と反省』
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体験したことをだれしも尊ぶことを知っている。
年をとって思索し沈思する人は特にそうである。
これだけはだれからも
奪い取られないということを、
彼は確信と心安らかさをもって感じている
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『格言と反省』
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人は一生のうちにしばしば述懐する。
色々なことに手を出すのを避けなければならない、
特に、年をとればとるほど
新しい仕事につくことを避けなければならない、と。
だが、そんなことを言ったって、
自他を戒めたって、だめだ。
年をとるということが既に、新しい仕事につくことなのだ。
すべての事情は変わって行く
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『格言と反省』
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あけぼのの薄ぐらいうちにいち早く起き出して、
太陽を待ちこがれていたくせに、
太陽が上って来ると、目がくらんでしまう人のような気持を
私は、学問において味わった
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『格言と反省』
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われわれが神と自然から受けた最高のものは生命であり、
休息も静止も知らない単子(モナス)の自転回転運動である。
この生命をはぐくみ育てる衝動は、
各人に生まれついていて破壊しがたい。
しかし生命の特性は自他にとって常に秘密である
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『格言と反省』
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われわれの処世術の本領は、
生存するためにわれわれの存在を
放棄するところにある
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『格言と反省』
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物事の無常について仰々しくしゃべり立て、
現世の空しさの考察にふける人々を私はあわれむ。
われわれは、無常なものを
無常でなくするためにこそ存在しているのだ
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『格言と反省』
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ほんとにたくさんの矛盾のうなっているところを
私は何よりも好んでさすらう
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『温順なクセーニエン』
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ひそかに清く自己を保持せよ
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『温順なクセーニエン』
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われわれには理解できないことが少なくない。
生き続けて行け。
きっとわかって来るだろう
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『温順なクセーニエン』
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お前の努力は愛の中にあれ、
お前の生活はおこないであれ
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『ヴィルヘルムマイスターの遍歴時代』
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人間の最大の値打ちは、
人間が外界の事情にできるだけ左右されず、
できるだけこれを左右することにある
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『ヴィルヘルムマイスターの修行時代』
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われわれの外部にある一切のものは
要素に過ぎない。
否、われわれにくっついている一切のものも
要素に過ぎないと言ってよいだろう。
しかし、われわれの奥ふかくには、
あるべきものを創りだすことのできる創造力がある。
その力は、われわれが、あるべきものを、われわれの外部に、
あるいはわれわれの身辺に、何らかの方法で現すまでは、
われわれを安らかにさせない
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『ヴィルヘルムマイスターの修行時代』
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常に現在の時間にしっかりしがみつけ。
私は現在に自己のすべてを賭けている
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いや遠くさまよい出でんとするか。
見よ、善きことはまこと近きにあり。
幸福を捉える術を知れ。
幸福は手近にあれば
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向こう見ずは天才であり、
魔法であり、力です。
さあ、今すぐ、始めなさい
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死を考えてみても、
私は泰然自若としていられる。
なぜなら、われわれの精神は、
絶対に滅びることのない存在であり、
永遠から永遠に向かって絶えず活動していくものだと
確信しているからだ
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『ゲーテとの対話』
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もし世界というものがこれほど単純でなかったら、
いつまでも存在することは不可能だろうね。
この貧弱な土地はもう数千年も前から耕されてきているわけだが、
地力はいつも同じなのだ。
ほんの少し雨が降り、ほんの少し日があたれば、
春を迎えるたびに緑が萌える。
そしてそれがずっと続いていくのだ
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『ゲーテとの対話』 エッカーマン著
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自然は、生半可な人間を軽蔑し、
ただ、力の充実したもの、
真実で純粋なものだけに服従して、
秘密を打ち明ける
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『タッソー』
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内省するだけでは、いかなる人間も、
自分の本体を会得することは難しい。
人間は人間と交わってのみ、
自己を会得する
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『タッソー』
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およそ友人の中に世間を見ない者は、
世間に知られるに値しません。
ここが私の祖国、
ここが私の魂の好んでさまよう世界です
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『タッソー』
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おのぼりなされ。
あるいはお下りなされ。
同じことじゃよ
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『ファウスト』
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滅ぶ──何だ、それは。
からっぽな言葉だ。
意味のない響きだ
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『若きヴェルテルの悩み』
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思想は再来する、
信念は伝播する、
状態は過ぎ去って呼び戻し難い
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『藝術と古代』
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最も美しい輪廻は、
他人のうちに再び自己の現れるのを
見る時のそれである
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『形態学のための冊子』
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我々には、毎日経験を闡明し、
精神を浄化する理由がある
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遺稿
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最大多数の者なぞ、
見つけることも知ることもできはしない。
最善のものを探り出すことなど、
ましてものことだ。
しかし、多くの者は
つねにわれわれのまわりにいる
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『ヴィルヘルムマイスターの遍歴時代』
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厳しい生の基盤の上にこそ、
明るいものはかくも美しく現れる。
厳しさと明るさが喜びに節度をあたえる。
そして、節度によってのみ、
われわれは保たれるのである
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『ヴィルヘルムマイスターの遍歴時代』
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僕はどんな時でも自分の好む時に、
現世という牢獄を去ることが出来るという
自由感を持っているのさ
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『若きヴェルテルの悩み』
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被造物はただ走っていさえすればよい。
軌道は自然が知っている
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『自然についての断章』
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自然には内部もなければ外部もない、
内部がそのまま外部なのだ。
たえず怠ることなく、
この「開かれた神秘」をつかめ
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『神と世界』
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人間というものは、たといこの地上の生活が
幾千という現象をもって心を引きつけようとも、
なお求真と憧憬のまなざしを天空に向けるものなのだ。
天空は人間の上に無限に弓形にひろがっており、
人間がそれを仰ぎ見るのは、わが心のなかに、
自分もこの大世界の一市民であることを
深くまた明確に感じているからである。
このことに関する信念を私たちは
拒むことも捨てることもできない。
この予感のなかにこそ、一つの知られざる目標に向かっての
永遠の励みの秘密があるのだ
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『ミュラーとの談話』
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他人は私自身が知るよりももっとよく私を知っている。
私はただ外界にたいする私自身の関係だけを知り、
これを正しく評価することができるだけである。
だから、私たちはその点に自己を局限しなければならぬ
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『ミュラーとの談話』
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私の発表したすべては、
大きな告白の断片にすぎない
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人はだれでも自分自身のことから始め、
そしてさしあたっては、
自分自身の幸福をつくらなければならない。
そうすればそこから、
おしまいに全体の幸福が生じてくるだろう
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死んで生きよ、この神秘にふれない限り、
いつでも人間はただの地上の悲しき客人にすぎない
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人間はさまざまな段階を通らなければならない。
そして、どの段階にも独得な長所と短所とがある。
そういう長所や短所は、その時期時期において
あくまで当然であり、またある点で正しい。
けれども次ぎの段階にくると彼はまた別人になる。
そして以前の長所や短所は跡かたもなくなり、
別な長所と短所がそれにとってかわる。
こうして続いていって、ついには、
予測できない最後の変化に達するのだ
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『対話』 エッカーマン著
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ニューヨークには、
九十もの異ったキリストの宗派がある。
しかもその各々が互いにこんがらかることもなく、
それぞれの流儀で、神と主を信じている。
自然研究、否、すべての研究において、
われわれはそこまで行かねばならない
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『格言と反省』
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世界を内部から動かしてこそ本当の神だ。
自然を自己の内に宿し、
自己を自然の内に包含させ、
その内に生動し存在する一切がつねに
彼の力をあらわし、
彼の精神を体してこそ本当の神だ
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『神と心情と世界』
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どんな本質も無へと
くだけ散ってゆくことはできない。
永遠なるものがすべてのうちにはたらいている。
幸福な思いをもって存在に即け。
存在こそは永遠である
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詩 『遺訓』
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神性にふれるには、おのれを
最高の理性に高めなければならない。
神性は、自然の、あるいは人倫の、
根源現象のなかにあらわれる。
神性は根源現象の背後にひそみ、
根源現象は神性から流れ出るのだ
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『対話』 エッカーマン著
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生命とはこのようなふしぎな混合なのだ。
それゆえ、神に感謝するがいい、
神がおまえを押しつけるとき、
また神に感謝するがいい、
神がおまえを解き放つとき
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『西東詩集』
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ケプラーはいった、「私の最高の願いは、
私が外界の至るところに見出だす神を、
内界にも、私の内部にも同じように見出だすとである」と。
この高貴な人は、まさにその瞬間には、
彼の内なる神的なもの宇宙の神的なものと
緊密に結び合っていることを
意識的に感じていなかったのである
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『箴言と省察』
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永劫不変の
法則に従って、
われらはみな
われらの存在の
環をまっとうするのだ
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『詩集』
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美は一つの根源現象だ。
それ自身はあらわれないが、
その反映は、創造精神の
無数の異なった発現のなかに見られ、
自然そのもののように多種多様である
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『箴言と省察』
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われらが生は小さき環に区切られ、
世代は世代にあいつぎ、
存在の限りなき鎖につながりつつ
生きてゆくわれら。
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『詩集』
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つねに今日の日の続くことが、
永遠の存在を保証している
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『箴言と省察』
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不死の証明は、各人がそれぞれの
胸のなかにもっているにちがいない。
それ以外にはその証明は与えられない。
なるほど、自然界における一切は代謝ではあるが、
しかし代謝するものの背後には
一つの永遠なるものが安らっているのだ
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『ミュラーとの談話』
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私たちは知識の増加するにつれて
いよいよ小さくなるばかりである。
かつては巨人のように
全宇宙とともに立っていた私たちが、
いまは部分に向かい合って
一寸法師として立っているのである
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『箴言と省察』
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私は太陽のなかに、光と、
神の創造的な力とをあがめる。
それによってのみわれわれは生活し、
活動し、存在するのであって、
すべての動植物もわれわれとともにそうするのだ
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『対話』 エッカーマン著
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ただ私たちは、わが身を自分みずからの世界に局限し、
指定された圏内で静かに正しいことをおこなえばよいのだ
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『ミュラーとの談話』
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生命あるものは、外部的な影響の
きわめて多様な条件に順応していながら、
しかも、おのれが獲得した決定的な
ある一定の独自性を放棄しない、
という天性をもっている
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『箴言と省察』
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生命の単位は、分離したり結合したり、
普遍にかえったり特殊になったり、
変化したり固定したり、するのが根本の性質である。
すべての生物はあらゆる条件のもとで、
あらわれては消え、凝固しては溶解し、
集まっては散り、伸びては縮むことをくりかえす。
しかも、このような作用は同じ時間に同時におこなわれ、
無数のものが一刻を争って押しあうのである。
発生と消滅、創造と破壊、誕生と死
――それがおびただしく重なりあい、
おびただしく入りみだれている
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『箴言と省察』
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何よりも極端に走りがちなのが情熱ですわ
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『親和力』
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すべての青年はこのように愛さんと、あこがれ、
すべての少女はこのように愛されんと、あこがれる
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『若きウルテルの悩み』 再版の扉
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個人は何ものかに達するためには、
自己を諦めなければならないということを、
だれも理解しない
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NO,302 岸田今日子
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子どもに物語を
読んで聞かせてあげたかったから
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女優をめざした理由
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NO,303 岩野泡鳴
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苦痛があればあるだけ
その苦痛にモッと深入りしたいと
もがくのが生命だ
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『憑き物』
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NO,304 ジョニー・ロットン
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伝説のバンドとか言われるのはイヤだね。
俺たちがやったことを認めてもらうのは構わないけれど、
偶像化されるのは困る。
パンクの神様のように奉られるのはバカバカしい。
俺たちは人間なんだ
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セックス・ピストルズ
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NO,305 ウィラ・キャザー
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人生には2つか3つの物語しかない
しかしそれは何度も繰り返されるのだ
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映画 『愛と哀しみのボレロ』
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NO,306 チャップリン
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問題は生きる事だ
あとは考えないでいい
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映画 『ライムライト』
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年をとれば命が惜しくなる
生きている事が習慣になるんだ
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映画 『ライムライト』
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瞬間の命を生きればよろしい
すばらしい瞬間がいくらでもある
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映画 『ライムライト』
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人生を恐れてはいけない
人生に必要な物は
勇気と想像力と少々のお金だ
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映画 『ライムライト』
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死と同じく 生も避けられない
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映画 『ライムライト』
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憐れみ以上の物よ
私はそれと生きてきたのよ
彼のこころよ 優しさよ
彼の悲しさよ
私をそれから離せないわ
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映画 『ライムライト』
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何も失われてない
少々変わるだけだ
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映画 『ライムライト』
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宇宙の何よりも貴い
生きるという奇跡を消してはいけない。
星に何がある。
ただ空をめぐっているだけだ
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映画 『ライムライト』
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私の人生には、設計図も哲学もない。
賢者でも愚者でも、人はみな、
もがきながら人生を歩むより他ないのだ。
その歩みを長く続けてきた者ほど、
世間から遠ざかっていく
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『チャップリン自伝』
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おれ達は泥棒じゃない
空腹なんだ
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映画 『モダンタイムス』
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なぜ意味が必要だ
人生は願望だ 意味じゃない
人生はすべて願望だ
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映画 『ライムライト』
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しかし
意味をどう言っても中身は変わらない
バラはどこまでいってもバラだ
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映画 『ライムライト』
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誰にだって生きる苦労がある
それが人類の十字軍だ
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映画 『ライムライト』
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残された年月で真実を掴みたい
それしかない
真実だ
それが望みだ
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映画 『ライムライト』
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仕事の中にこそ確固とした方向はあるのであり、
ほかはすべて迷妄にすぎなかった
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『チャップリン自伝・下巻』
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我々の存在がただ無意味な偶然にすぎないとは、
わたしにはどうしても信じられない。
・・・生死の現れ方は、・・・見方を変えれば、
むしろ逆に一定不動のある目的、
三次元的精神の理解を超えた、
厳たるある意志の存在することを
証明しているのではあるまいか
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『チャップリン自伝・下巻』
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一生の間に、将来に関して
一時的不安を感じたことは何度もあるが、
すぐれた喜劇がすべての問題を
解決するという信念だけは、
一度もゆらいだことはなかった
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『チャップリン自伝・下巻』
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NO,307 アンジェイ・ワイダ
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私はポーランドのことしか映画にしません。
ポーランドに生まれ、
ポーランドに生きてきたからです
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NO,308 空海
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生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、
死に死に死んで死の終りに冥し
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『秘蔵宝鑰』
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遠くして遠からざるは即ち我が心なり。
絶えて絶えざるは是れ我が性なり
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『性霊集』
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NO,309 藤子・F・不二雄
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のび太君を選んだ君の判断は正しかったと思うよ。
あの青年は人の幸せを願い、
人の不幸を悲しむことの出来る人だ。
それが人間にとって大事なことなんだからね
彼なら間違いなく君を幸せにしてくれると
僕は信じているよ
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しずかちゃんのパパ
嫁いでいく娘へ
『ドラえもん』 第25巻
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ぼく、ひとりでおきるよ。
これからも、何度も何度もころぶだろうけど…。
かならず、おきるから安心しててね、
おばあちゃん
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のび太
『ドラえもん』 第18巻
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今の時代が気に入らないと
こぼしてるだけじゃなんにもならない
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『ドラえもん』
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オバQって、確かにこちらがつくり出した
キャラクターには違いないんだけれど、
それを一所懸命に写そうと努力していくうちに、
あるべき姿に収まってくるんですね
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『文藝春秋臨時増刊 コミック'94』
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だれにでもマンガ的な一面はあるものです。
それを作者の分身にミックスしたのがQ太郎です
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『オバケのQ太郎』 第7巻
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おとなって、かわいそうだね。
自分より大きなものがいないもの
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『ドラえもん』 第16巻
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しかしだね。ここでぼくに
たよろうなんて気をおこすなよ。
男なら正せい堂どうと自分の
み力で勝負しろ
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『ドラえもん』
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手近のとのさまをつかまえて、
相手のとのさまにわたせば、いくさはおしまいさ
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『ドラえもん』 第1巻
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そのへんでやめときな。
りっぱすぎる決心は、きっと三日ぼうずになるから
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『ドラえもん』 第16巻
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ときどき理屈に合わない事するのが
人間なのよ
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しずかちゃん
「どうして敵を助けるの」というロボットの問いに
映画 『のび太と鉄人兵団』
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NO,310 一休宗純
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門松は冥土の旅の一里塚
めでたくもあり
めでたくもなし
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『語録』
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有露地より無露地へかえる一休み
風吹けば吹け
雨降らば降れ
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借り置きし 五つのものを 四つ返し
本来空に 今ぞもとづく
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辞世の句
『辞世のことば』 中西進
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世の中は、食ふて はこして 寝て 起きて
さてその後は死ぬるばかりよ
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夫れ人間あり様、万事とどまる事なし。
もとより生のはじめを知らざれば、
死の終をわきまへず
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